生誕130年記念 バーナード・リーチと小鹿田焼展が開催されます。


世界的な陶芸家、「バーナード・リーチ」の

生誕130年を記念して、「生誕130年記念 バーナード・リーチと小鹿田焼展」

が日田市の「日田市複合文化施設AOSE(アオーゼ)」で開催されます。

詳細はわかり次第情報をUPしていきます。

【生誕130年記念 バーナード・リーチと小鹿田焼展】
期間:H29年9月26日(火)~10月18日(水)※予定
会場:日田市複合文化施設AOSE(アオーゼ)

バーナード・リーチ(1887-1979年)20世紀英国を代表する工芸家。

 香港で生まれ、3歳までの期間を日本で過ごしたリーチは、10歳で母国の英国に戻ると美術学校で絵画を学びながら、小泉八雲やホイッスラーなどの影響を受けて日本への関心を抱き、多感な成長期を過ごしました。念願の再来日は22歳(1909年)の時。幸運にも、雑誌『白樺』の同人を始めとする、当時の芸術家や文化人の知遇を得ます。なかでも白樺派の中心メンバーであった柳宗悦(やなぎむねよし)(1889-1961/日本民藝館創設者)との出会いは、その後のリーチの創作活動や思索に大きな影響をもたらしました。柳も、リーチが唱える美の問題、実制作の課題から大きな示唆を得ます。その後、リーチは柳たちが提唱する民藝運動にも深く関わることとなり、2人は生涯の友として互いを尊敬し合い、友情を育んでいきました。やがて陶芸の路を志したリーチは1911年、六代尾形乾山から作陶を学び、1920年には濱田庄司(1894-1978)を伴って帰英。セント・アイヴスに自身の窯を築き、創作を開始します。

 リーチは英国人である自分と東アジア、とりわけ日本とのつながりのなかで、自作の理念を「東と西との結婚」と定めます。その理念を実践するかのように、リーチは幼少期を合わせると15回にも及ぶ日英の往来のなかで、英国内はもちろん、日本各地の窯場でも盛んに創作を行い、その土地の材料や手法を活かした作品の制作に取り組みました。「美の求道者」とも言えるリーチの姿は、現場の制作者たち、民藝運動の担い手たちに大きな影響を与えました。

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