咸宜園に行ってきました♪



お客様のご案内で、咸宜園に行ってきた

KUROです。

ここは、豊後・日田の儒学者・廣瀬淡窓

(ひろせたんそう)が江戸後期から明治に

かけて、日本最大級の私塾だったところです。



咸宜園の始まりは、長福寺(豆田町)の

学寮で開塾して、その後、「桂林荘(公園

・豆田町)」に場所や名前を変え、

1817年に、現在の「咸宜園」を開きました。



咸宜園の「咸宜」とは、中国最古の詩集

「詩経」にある言葉で、ことごとくよろし

という意味です。

すべてのことがよろしいという意味で、

淡窓は、門下生一人ひとりの意志や個性を

尊重する教育理念を塾名に込めたようです。



「咸宜園」の特徴としては、入門時に

学歴・年齢・身分を問わない

「三奪法(さんだつほう)」により、

すべての門下生を平等に教育しました。

また、「月旦評(げったんひょう)」と

呼ばれる制度があり、門下生の成績を

公表することで学習意欲を起こさせる。

そのほかにも、規則正しい生活を実践

させる「規約」や門下生に塾や寮を運営

させる「職任」など、、、、。

現代教育に大きな影響を与えたと

言われています。



 咸宜園は、1897年)に閉塾するまで、

およそ5,000人もの門下生が学んだ

最大規模の私塾となりました。

当時の建造物は、残っているのが少ないものの、

「咸宜園教育研究センター」で、詳しい内容が

確認できます。

皆さんも是非「咸宜園へ」!!

KURO

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